北新地に朝がきた
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1995年、『ニュースステーション』に出演した際に、当時社会現象となっていた女子高生の「ルーズソックス」のニュースにコメントを求められ、「あのソックスは格好いいし、いいじゃない?!」とスタッフの思惑と正反対のことを言い出し、「あの年頃の少女たちは、自分が何か特別の存在でありたいと願い、同時に一人で突出する勇気はまだない。そんな少女たちが社会においては特別な自分たちであるという主張としてのルーズソックスなのではないだろうか」と続け、コメントの最後に「でも誰が何と言おうとあのソックスは格好いい!」と結んだ。

シンディ・ローパー - Wikipedia

girls just wanna have a fun

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 【2次元】化物語の画像くださいスレ カナ速
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iPhone・iPod touch ラボ - iPhone用初のSDカードリーダー「zoomIt」、4月に発売予定
鳩山マザコン、小沢はゼネコン

suica発行枚数3063万枚(2009/12) PASMOと合わせて4000万枚

・発行枚数はまだ頭打ちにならずのびている

suica電子マネーは一日あたり169万件利用されている(2009/12) 8万店で利用可

首都圏在来線改札IC利用率平均81.9% 三鷹85.8%

suicaは0.2秒で「存在確認、認証、読出、判定、書込み、書込み確認」を完了する

suica首都圏で一斉導入された。一夜で1万台の改札をIC化(裏話アリ)

・スイカのキャラクターはスイッピという名前

・スイカという名前になったのはカタカナ3文字が殆どとられてしまっていたから

・キャラクターがペンギンなのは西瓜(スイカ)を知らなそうなのがペンギンだから

パスモなどの乗り入れで800万トランザクションが2100万へ

・2007年にMAX4000万想定でつくっている、現在3000万を越え始めたのでそろそろ増強か

・商店街でsuica

・学生証がsuica

・マンションの鍵がsuica(個人認証機能)

suicaは出改札業務を大きく変えたが、モバイルsuicaは発券業務を変わるかもしれない

相互乗り入れで運賃判定検証は12億通り 実直に試験すげぇ頑張った

・導入時に550万件を越える検証を行った

・しかし世にシステムを放てば一日で数千万件のテストがされてしまう→フィールドに神がいる。

不正乗車などのネガデータは3分(一駅移動している間に)で反映される

電子マネーについてはまだ市場が無いのでいまは普及に力を注いでいる

・スイカのセキュリティレベルは民生品としては最高

85 :おさかなくわえた名無しさん :sage :2010/01/08(金) 23:33:02 ID:N2x6V9b8 
六本木で友人のブラックメンと飲んでた時の話(来日12年)
別な外人グループの来日して間もないであろうアメ人が
日本人は差別主義者みたいな愚痴をいってた。
それを聞いた友人は
「日本人が差別主義者だって?あーはん?」と嘲けた感じで言ってた

彼曰く多くの外人が感じる差別というものは
文化的相違に関するものにすぎないと
「アメリカ人、とくに白人は異文化にさらされることになれてないんだ
自分たちの文化が通じない世界にきてなじめないことを差別と思う被害妄想だよ
どこにいっても英語や食文化(マクドナルド)などアメリカを持ち込む
自分たちがマイノリティになるという経験がないから
日本という完全異文化にとまどうんだ
異文化からきた外人が日本になじめないのは当然のこと。
それを溶け込むように努力するのは外人であって、日本人ではない。
それがわかってない。
外人が日本で異文化に戸惑うのは勝手だが、
日本人からすれば日本以外はすべて異文化なわけで
日本人が海外に出た時に当たり前のように感じる
文化的差異となんらかわらないんだよ
その文化的差異を郷に入っては郷に従えの精神で
日本人は溶け込む努力をする
しかし傲慢な白人はなじめないのは
相手の国民の差別だという。しかも確信している。
この違いが分からない白人は
いつまでたっても日本にはなじめないだろう
残念なことだよ」的なことをいってた。ちょいちょい意訳してるけど。
で、君が教えてやれば?といったら
知らない外人に話しかけるなんて怖くてできないよ
といってた190センチの黒人のおっさんww
どーみてもあんたのほうが怖いわw
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余命1ヶ月の花嫁 映画レビュー消去 | スリジャヤワルダナプラコッテ(仮)

46 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/02/06(土) 10:59:06.59 0 ID:
月収の1/3というのは
・賞与が別途ある
・冠婚葬祭や家具・家電の破損などといった臨時出費を考慮しない
・退去は一切しない
という前提の上でだぞ?
普通は1/5ぐらいじゃないときつい

 品格という言葉を使って朝青龍を責めていた人たちは、意地悪をしたくてあんなことを言っていたのではない。それはわかっている。

 相撲を冒涜されたように感じて、それが悔しくて、「品格」を持ち出していたのだと思う。
 彼らが共通して言及していたのは、朝青龍が「相撲を舐めていた」という一点についてだった。

 たしかに、そういう面はあった。
 というよりも、もう擁護しても手遅れだから率直に言ってしまうが、ドルジは相撲を舐めていたと思う。それもかなり真正面から。

「勝てば文句ないだろ?」
「要するにオレが強ければあんたらは黙るわけだろ?」

 と、そういうふうにして朝青龍は周囲を黙らせてきた男だった。

 で、品格派の人たちには、何よりそのことが心外だったのだ。「品格」は、言葉の綾みたいなものだ。それが二十代の若者に簡単に宿るものではないことぐらいは、彼らにだってわかっていたはずだ。

 ただ、横綱が相撲を舐めているということを、彼らはどうしても許すことができなかった。
 
 言い分は理解できる。私だって、40年来の大相撲ファンだ。相撲が舐められてうれしいはずがない。
 でも、私には、相撲を舐めてかかった朝青龍の気持ちも、やっぱり少しだけわかる気がするのだ。

 というのも、私自身、朝青龍と同じ年齢だった頃、「駒」として使われていた人間だからだ。
 駒として利用されている人間は、「きれいごと」を信用しない。
 むしろ、それを積極的に憎む。どうしてもそういう気持ちになるものなのだ。

若い未知数のバンドに、おっさんがすごい勢いでダメ出しをして、
結果として既存のベタな価値観の型にハメ込んで悦に入るという、
大変恐ろしい番組だった。
あと、こういう無防備宣言を推進してる人って頭の中身どうなってんだろ
ただたんに、他国からの資金援助で工作してるだけなのかな
 
占領された時点で、日本国憲法の及ばないところになって、略奪されても、殺されても、レイプされても、
誰も助けてくれないし、当たり前だが法では裁けないぞ
 
まさか、占領しにきた軍隊がそんなことするわけがない、っていう性善説はお花畑すぎる
常に最悪の状況を想定するってのは政治家の基本的なスタンスじゃないのかな
 
大量虐殺されたあとに、「まさかそんなことになるとは」では、殺された人達の命や財産は帰ってこないぞ
無防備宣言を推進するやつは、政治家の資格はない、落とせ。

「わが村、無防備都市宣言してみては。地方から国を動かし、世界中の市民が新しい常識を共有」…中川村村長が提言 (via blendy999) (via maido3) (via windsock) (via ittm)

無防備宣言した都市に、自衛隊を送って占領すれば良いんじゃ?w

(via ipodstyle)
スウェーデンモデルが破綻していることは、疑う余地はない。ではスウェーデンモデルはなぜ破綻したかのであろうか。それはスウェーデンモデルを産 み出した思想が間違っていたからである。その思想とは「子育てや老人介護を家庭の中でやると、必ず女性が損をする、だから社会(公的機関)が行うようにす べきだ」というものである。その背後には、男女の役割分担は悪である、なぜなら役割分担をすると必ず女性が損をするから、という思想がある。だから女性も 外で働いて、それらの家庭内労働はできるだけ公的機関でやるか、いわゆるアウトソーシング(外注)に出すべし、というのがその基本的な考え方である。この 考え方の中にこそ、スウェーデンモデルが破綻した根本原因が潜んでいる。

第一の間違いは男女の役割分担を得か損かで見るという発想。

損か得かという発想そのものが貧しいと言うべきだが、その上にそもそも男女の異なる種類の仕事を得か損かという視点から見て、女性のほうが損だと 簡単に決め付けること自体がおかしいのではなかろうか。女性の介護は地獄だとよく言われるが、男の仕事だってたいへんだったのである。もちろん男女の役割 は人生の中でいつも同じたいへんさではなく、子育てや介護というような仕事はある時期に集中してたいへんになる。そういう時期には、家族の一人にしわ寄せ がいかないように、家族皆で協力し合わなければならない。またよりたいへんな方を、他の者が助けなければならない。役割のどちらかだけが不利になっていい わけはないのである。

その意味では、家族内の仕事の分担は、できるだけ公平でなければならない。

そしてそれが公平に分担されていないなら、公平にするように粘り強い運動をしていかなければならない。しかしそれが絶対に不可能だという前提に 立ってはならないのである。少なくとも、今すぐには実現しなくても、だからといってただちに家族単位の原則を捨てればうまくいくというのは、根本的に間 違っていたのである。

その過ちをしてしまったのが、スウェーデンモデルだと言うことができる。

スウェーデンの女性たちは権利と損得と公平とを、それだけを第一のものとして性急に要求して、じつは最も大切なものを破壊してしまった。最も大切なものとは家族と、その中における心のあり方、愛情や情緒や優しさ、思いやり、等々である。

この過ちを主張する者は、日本にも多い。

「愛情という名の支配」とか「家族は縛るもの」という見方をしきりに宣伝している者たちである。幸い日本ではその考え方が社会全体を動かすには至っていない。
そこまで行かないうちに、スウェーデンモデルは無惨にも破綻したから、もうそのモデルを真似せよとは言えないはずである。この本を読んでフェミニ ストたちは総懺悔をするべきではないか。スウェーデンを賛美したきた責任をどう取るのであろうか。ところが、舛添要一氏は、『朝日新聞』の生活面の「オト コのミカタ」欄で、「増税をして、スウェーデン方式を模範にせよ」と書いている。

増税をして公共の福祉政策を推進したスウェーデンで経済が破綻している現実をなんと考えるのか。選挙に当選することばかり考えて、「福祉」「福祉」と叫んでいればよいと考えているとしたら本物の政治家とはほど遠い人物と言わなければならない。

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外国に相手にされない首脳を持つ不幸について

私は昨年12月2日のエントリ「危惧を覚えざるをえない鳩山政権の盧武鉉化」(http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1348836/)や紙面などで、鳩山首相が、夢想的かつ独善的な論理をあまりに振りかざすので諸外国、特に米国に相手にされなくなり、軍事情報の提供なども受けられなくなった韓国の盧武鉉前大統領に似ていると揶揄されている件を取り上げました。

その際には、「いや、盧氏の方が鳩山氏よりマシだろう」という指摘をいただきましたが、本日、たまたま盧氏に関する新たなエピソードを確かな筋から聞いてきたので、ここで紹介しようと思います。それにしても、この人以下なのか…。

それは、日時は把握していませんが、盧氏が大統領就任後、初めて米国のラムズフェルド国防長官(当時)と会談したときのことだそうです。盧氏は開口一番、こう切り出したそうです。

「韓国は歴史上、二百数十回の侵略を受けてきた国だ。日本から百何回、中国からも百何回と。米国からも一度、侵略されたが、そのときは8時間だけの占領だったのでまあ許せる。しかし、日本は今も脅威だ。韓国の安全保障政策は対日本を第一に考えている。そういう観点から話をしたい」

盧氏は当然、韓国語でこう熱弁していたそうですが、話の途中でラムズフェルド氏は同席した同僚の方を向いて「このバカは、一体何を話しているんだ?」と言っていたそうです。

そして盧氏の話が終わると、ラムズフェルド氏は「日本は米国の同盟国であり、ご主張のような観点からの話はできない」と明確に回答したのでした。まあ、いきなりこんなピントのずれたことを言ってくる人を相手にできないと考えるのも当然ですね。

果たして、鳩山氏はどうなのでしょうか。私はこの盧氏の話を笑って聞きながら、内心では「鳩山氏の言動を考えると笑っていられないな」と感じていました。鳩山氏も、昨年10月に中国の温家宝首相と会談した際には、東シナ海のガス田をめぐる条約締結交渉について「急がば回れ、という言葉もある」と先延ばしに言及した温氏に対し、「その通りです。まさに急がば回れです」と応じて喜ばせたり、「(鳩山内閣では誰も参拝しないから)靖国神社のことは頭から消し去ってください」と自分から言ったり…と外交を任せるには正直、とても危ない人物です。

この先日本がどうなっていくのかと、本当に危機感を覚えざるをえませんね。何か、恐ろしい近未来小説の世界か何かが実現しつつあるような、悪夢を見ているような心持ちがします。

外国に相手にされない首脳を持つ不幸について:(阿比留瑠比記者)

されど私が懸念するのは、「外国との違い」なるものを一貫してネガティブに受け止めてきた結果、日本人は戦後かなり独自の文化を喪失してきたことである。

特にその中で最も重大な損失と言えるのが「愛国心」であろう。これは戦後悪質な誤解を受け続けた結果、かくなる惨状となってしまったようだ。

このように愛国心が日本で誤解されてきた背景には、日本人がその真意を知らぬまま、
①日教組・知識人・左翼マスコミによる「愛国心」に対する誤った概念を洗脳された
②シナや韓国の異常な反日運動の影響を受けた(日本のメディアによる絶大な協力により)
③日本の一部の極右の過激な行動を「愛国心」と受け止めてしまった(左翼の喧伝で拍車)

という点が主に考えられようか。それゆえ「愛国心=偏狭な国家主義」としか捉えていない人々が未だ少なくないようだ。

特に悪質なのは日本の日教組・左翼系メディア・知識人だ。

—- 中略 —-

私が「真の愛国者」の最高の一例として挙げたいのが、20世紀最大の作曲家であるフィンランドのシベリウスとチェコの作曲家スメタナである。また「国民樂派」と呼ばれる東欧の音楽家達もまた良いサンプルと考えている。

彼らは19世紀末から20世紀にかけて活躍した東欧及び北欧の稀有の大作曲家達であり、祖国・同朋の栄誉のために歴史上輝く珠玉の名作を次々と世に送り出した熱烈な愛国者達だ。彼らのその祖国に対する熱い情熱は、シベリウスに愛国賛歌とも言える「フィンランディア」を、スメタナには彼の最高傑作と称される「モルダゥ」を産み出させた。それらの至高の名作は自国民に止まらず、歴史を越えて世界中の人々から愛され賞賛されている。

このように彼らが偉大な音楽を創作した原動力とは、実に彼らの持っていた大いなる祖国愛であった。彼らは愛する祖国の栄誉のため、自身の力量を最大限に発揮し、祖国への賛辞を究極の芸術作品として世界にアピールしたのである。斯様に「真の愛国心」とは他国を否定するものではなく、自国の優れた文化を正々堂々と誇るものであり、かつ他の国や民族にまでその恩恵をもたらすという性格を持つのであろう。

これが理想、そして本来の愛国心ではないだろうか。私がこれらのことを左翼系の者に話すと、多くの場合彼らは必ず返答に困ってしまうようだ。彼らが愛と言う行為に無知であるゆえに。